何度も何度も、負けてきました。
何度も何度も、悔しい思いをしてきました。
けど、屈せずに、なんとかここまでやってきました。
乗り越えられるように、自分を変えればいい。
そう成ればいい。
ただし。
ただしですよ。
自分にSなだけじゃ足りない。Mというか流れにまかせるというか。
激辛と激甘の時間の使い方、両方いるような気がしてきました。
目次
高い壁はよじのぼる、そのために余力を作る
ぼくは今までの人生で、目標に向かう日々ばかりだって思います。
ある程度その姿勢が染み付いてしまいました。
そのかわり、ゆとりとか憩いとか遊びとか、そういうのが少し足りない。
恐らくこの先の高さまで行くには、自分で封じ込めてきたゆとりの感情を使いこなしながら進む必要があると感じてきました。
壁をよじ登るために、手を休ませたり呼吸を整える時間を作れば、リズミカルに進める。
ただ全力なだけじゃ、息切れして前進が止まってしまう。負荷が重すぎると、どこかに不調が来る。
緩急も覚えた方が良さそうです。
届くなら、手を伸ばす。そのために過去を使う
過去は変えられないんです。
事実は変わらないけど、解釈は変えられる。
過去への、後ろ向きのにベクトルでのタラレバは
咀嚼して飲み込むための調味料にすぎない。
過去をどう料理するか、味わうか。
それすらも、上を目指すための戦略になり得るのです。
まとめ、上を目指す挑戦者であれ
自分の心の弱さを何度も痛感してきました。
そんな経験を思い出すたびに、「あの時もっと力があれば、、」「あの時、もう少し器がデカければ、、」なんて強さをもってなかった自分を振り返ります。
最近ちょっと、力をつけてきた気がしますが、結局まだまだです。
イメージとしては、100歩先に行きたいと思ってるんだけど、やっと10歩進めたくらい。
たったの1歩よりかは10歩は大きい。ケタが違うから。
だけど錯覚してはいけません。
まだまだ長い道のりの10%くらいしか進んでないんです。
慢心してるヒマはないです。
安心は必要だけど、慢心はいらない。
常に上を目指す姿勢でここまでやってきました。
首が疲れてうなだれる日もありますが、挑戦者だという意識は捕まえておきたいです。
這ってでも前に進む気持ちで、内側をたぎらせていかに涼しい顔ができるか、そこが面白いところです。
リズム、緩急、そしてそれらを味わうこと。
ちっぽけなぼくが目指す場所は、あの手この手で取り組んでようやくたどり着けるかどうかっていう高い位置にあります。